人の評価を目的に生きると、人生がどんどん自分から離れていってしまう。

生き方

先日、「うさこさん」というセーラームーンファンの方のインタビュー記事を読んだ際、色々と考えさせられ、深く心に響くものがありました✨
今日は、そこで私が感じたことについて書きたいと思います🐰🌙

☆☆☆

この冬、明治がセーラームーンとコラボしていたのをご存知でしょうか?
子どもの頃セーラームーン大好きだった私は、グッズを見て懐かしさでいっぱいになっていました☺️🩷

可愛くていっぱい買ってしまった🍫あみちゃん(青)が大好きだったなぁ〜🪐

その流れでセーラームーンについて色々調べていた所、うさこさんの記事へと辿り着いたのでした。

☆☆☆

うさこさんは1992年のTVアニメ開始時からのセーラームーンファンで、コスプレイヤーとしても20年以上活動されている方。独学で服作りを学び、コスチュームや戦闘服などの衣装製作もされているそうです。

彼女は初めてアニメ放送を観た日からずっと、大人になり結婚し子育てをされている今でも変わらず、セーラームーンへの愛を表現し続けている方なんです。

以下、彼女のインタビュー記事で印象に残った部分を引用させていただきます。

子どもの頃からセーラームーンと共にいろいろな時代を経て、他人からもさまざまな意見をもらいました。

時代にそぐわないと批判されたり、笑われたことも多々あり、結婚して出産した後は、「親になってもまだコスプレしていて母親失格」と言われたこともありました。

「推し活」という言葉が普及し、価値観の多様性が認められてきた昨今では、どちらかというと「励みになる」など、お褒めいただくことが増えてきた気がします。

私自身、当時から何一つやっていることは変わらないのですが、時代によって周りの反応が変化していくのは興味深かったです。

この30年を振り返ってみると、他人の評価などその時々でほんの一瞬過ぎ去っていく、ただの景色だったなぁと感じることができます。

ねとらぼ 「セーラームーン」のオタクたちを直撃   2024/09/30 11:00公開記事より引用(nlab.itmedia.co.jp)

この、最後の『他人の評価などその時々でほんの一瞬過ぎ去っていく、ただの景色だったという部分が、私の心に深く響きました。

自分がどれほど、人の目とか、評価とか、役に立つか立たないか、周りから見て恥ずかしく無いか、ちゃんとしてるか、うまくいきそうかどうか。⋯そういうものに日々振り回され、縛られてきた人生だったか。

それを浮き彫りにされた気がしたのです。

「それやって何になるの?」と思っていた。

役に立たないなら。
すごいって言われないなら。
好きでいたって仕方ない。
そんな感覚が自分の中に長年あったことに、ふと気がついたんですよね。

そうやって、自分の「好き」「こうしたい」という気持ちを消してしまったり、“これなら恥ずかしく無い”という方向に、無理やり転換していたことが、これまで沢山あったなぁ⋯と思って。

そうやって、本来の自分からどんどん遠ざかってしまっていたんだなぁ、と感じました。

若い頃を思い返しても、それは苦しい道のりでした。自分が自分ではない、本当の人生がどこか遠くにある様な感覚がありました。
今の私が感じているような安心感や信頼感は、その生き方には存在していませんでした。

自分に沿って生きる所に、喜びがある

私が何を好きだと思うか、何に興味を持つかは、自由に選べるようでいて実は選べないのですよね。

うさこさんは、「セーラームーンを好きになろう」と自分で決めたり、考えてなったのではないでしょう。
そこから心が離せなくなるほど、どうしようもなく惹かれて、それで好きなんですよね。

私が物理ではなく国語が大好きだった事も、機械や車ではなく刺繍や洋食器が好きなことも、私がどうこうできるものではなく、そもそもそうなのであって、変えられない部分です。

どれだけその変えられない自分というものに、素直に沿って生きられるか。
そこに、私が思う【自分らしい生き方】があるんだなと思ったのです。

周囲を気遣ったり、思いやるのは素敵なことです。

でも生きるうえで1番大切にしたいことは、
自分はどう感じるか
自分はどうしたいのか


そこに尽きるなぁと思います。
そこを大切にすることができれば、幸せはいつも、自分の中に見つけられるのだろうと思います。

お読みくださりありがとうございます。

今日も、あなたがあなたで在れますように。

それではまた🌙

コメント

タイトルとURLをコピーしました